吉野川中流東岸、奥六田川流域に位置する六田。昔は“むつだ”と呼ばれ、地名の“むだ”には“湿地”の意味があるとか。(『角川日本地名大辞典』より )
吉野線の要衝で車庫が完備され、特急列車も停車。近くに乗務員が所属する列車区があることから乗務員の交代も同駅で行われている。
平安時代、醍醐寺の開祖聖宝理源大師が開設。修験道「奥駆け」の逆峰では七十五靡の最初の行場として有名。
柳の渡しの地は修験者、吉野山の花見客、吉野川を下る筏(いかだ)業者などで賑わった。現在の吉野駅まで路線が拡張すると六田駅(旧吉野駅)で降りる観光客が激減。現在経営している宿はない。
聖徳太子創建48か寺の一つ。1300年の歴史を持つ吉野地域の古刹で、比蘇寺、吉野寺、現光寺、栗天奉寺、世尊寺と名前が変わってきた。本尊の阿弥陀如来坐像は、『日本書紀』によると欽明天皇が、大阪湾で引き上げた光り輝く楠木で仏像を作らせたと記されている。日本で最も古い仏像の伝承を残す寺院でもある。
*この記事は2008年に取材した内容です